37seconds

PRODUCTION NOTEプロダクションノート

『37セカンズ』が“よちよち歩き”を始めた2016年

HIKARI 監督が本作の構想を抱いたのは短編映画『Where We Begin』が完成後。2015年頃に後述の熊篠氏・辻本氏と訪問し、インタビューしたセックス・セラピストの女性医師シェリル・コーヘン(ベン・リューイン監督『ザ・セッションズ』)にインスパイアされ、下半身不随の成人向け漫画のゴーストライターを務める障害者の物語を思いついた。「下半身不随の女性でも自然分娩できる人もいるし、いくこともできる」ということを知り、女性の身体って素晴らしいと感じた監督はさらに何人か自然分娩の人にインタビューし、「力めないからどうしようと思っていたら、赤ちゃんが勝手に出てきた」という彼女たちの体験から、当時の題名は『CANTERING(キャンタリング)』(「駆け足」の意味)としていた。 監督は車椅子をレンタルして、車椅子生活を体感しながら、脚本を仕上げていく。

熊篠慶彦と「のらヘルパー」・辻本敏也との出会い

LA 在住のHIKARI 監督は米国を訪れた熊篠慶彦と、その担当していた介護福祉士の辻本敏也と知り合う。熊篠は脳性麻痺による四肢の痙性麻痺を負いながら、障害者の性に関する支援活動をしている。一方、辻本は団体や施設に所属することなく、野良猫のように何にも縛られることなく、自分のスタイルで要介護者を支援する「のらヘルパー」という新しい介護スタイルの提唱者だ。この2人に刺激を受け、物語はさらなる膨らみを見せる。熊篠をモデルとしたクマ役(熊篠本人が出演)、辻本をモデルにしたトシ役(大東駿介)が生まれる。監督は2人を取材する中、障害者の性をめぐる問題に着目する。「男性向けの性サービスはあっても、女性向けの性サービスはほとんどない。差別とは言わないまでも、男女差があることに気づき、女性の性問題を物語に取り入れようと決めました」(山口晋プロデューサー)。

2016~17年、サンダンス映画祭で磨かれた脚本

監督が脚本作りを続ける中、2016年6月に北米最大の国際映画祭「サンダンス映画祭」とNHKが主宰する「NHK/サンダンス・インスティテュート」のNHK 推薦作品の1本に決定する。監督はその年8月にサンダンス主宰の「脚本ワークショップ」に参加し、脚本をブラッシュアップ。さらに、2017年のフィルム・インディペンデントの「ディレクティング・ラボ」のフェローにも選ばれ、いよいよ具体的に映画化へと動き出す。

「ユマはきっとどこかにいる」一般オーディション

当初はヒロイン役に実力派女優を起用する方針だったが、監督は「健常者の俳優が、障害者のヒロインを演じることには違和感がある。ユマはきっとどこかにいる」といい、一般オーディションの開催を決めた。スタッフは各種社会団体や教育機関、学校など1000近くの施設に案内を出し、ネット掲示板、知人・友人の推薦など全ての手段を尽くし、オーディションを告知。2017年11月から始まったオーディションでは書類選考から 絞られた100人近いヒロイン候補と面談することになった。

2018年2月、ついにユマが現れる

2018年2月、極寒だった大阪オーディション最終日。その最後に、薄いジャンパーを着て、汗だくでやってきたのが佳山明だった。「福祉の国家試験を受けた直後にやってきたそうで、曇った眼鏡の奥で緊張した彼女は申し訳なさそうに『遅れてすみません…』と言ったんです。その時はまさか彼女がユマになるとは、全く思いもしませんでした。しかし、一つ目のセリフ『すみません…誰かいませんか…!すみません…!』をか細く発した瞬間、その場にいた皆の心は動かされました」と監督は振り返る。

演技とは、その場の状況にただ反応するもの

監督らは佳山に心を鷲掴みにされた。「演技とは『演じるものではなく、その場の状況にただ反応するもの』と思っています。あの時の佳山さんは、私たちが伝えた状況を、全て、彼女のまま、彼女らしく受け入れ、素直に反応してくれました。その純粋さに監督の私だけではなく、その場にいたスタッフ全員の心が震え上がりました。『時間がかかっても感を信じ意志を貫く』という事の大切さも、佳山さんに出会った事でさらに実感しました」(HIKARI 監督)。

佳山との出会いで物語が新たな展開を迎える

この佳山との出会いが物語のさらなる飛躍を生む。「物語の3分の1は彼女と出会ってから、生まれたものです。元々の設定は幼少期の交通事故で脊髄損傷を負った女性でしたが、彼女と同じ脳性麻痺に変えました。双子の姉がいたというのもそうです。佳山さんには実際に姉がいて、タイで小学校教師をされています。『37セカンズ』という題名も、佳山さんのお母さんから伺った話がヒントになっています」と山口プロデューサー。

撮影前に佳山と寝食をともにした神野三鈴

18年3月、ヒロイン決定を受け、NHK エンタープライズが製作に参加。18年内の完成に向け、急ピッチで製作を開始。ユマの母親役にはベテラン女優の神野三鈴が決定。ほかのキャストはオーディションによって6月末までに決定した。芋生悠はサヤカ役での応募だったが、佳山と雰囲気が似ていることから姉ユカ役に。脚本に惚れ込んだ石橋静河は「どんな役でもやりたい」と直訴し、理学療法士役でワンシーン出演が実現。大阪在住の佳山は約1カ月前から東京・高円寺のバリアフリー・マンションで暮らし始め、役作り。神野も生活を共にし、一緒に風呂に入り、新宿の百貨店まで車椅子を押して買い物に出かけるなど、障害者の母親役を体感した。

7月16日、クランクイン

7月16日、千葉県市川市鬼越でクランクイン。ユマの自宅は介護用にリフォームされた一戸建て。近くに真間川が流れるというロケーション。撮影はほぼ順撮りで、東京から帰ってきたユマが帰宅して、母(神野)と入浴するシーンまでだった。「監督としては最初に佳山さんにすべてをさらけ出して欲しい、という意図だったのですが、段取りも多く、佳山さんの体力も続かず、なかなかうまくいかなかった」と山口。佳山は緊張や過度な運動をすると、筋肉が硬直するため、週に2回のマッサージは欠かせない。3~4日の撮影には必ず撮休を入れるというスケジュールが組まれる。

車椅子女子との飲み会……バリアフリーな撮影現場

製作陣が常に現場で気をつけなければいけなかったのは、車椅子の動線の確保だった。エレベーターはあるか、配線は動きの妨げにならないか。ライン・プロデューサーの小泉朋が振り返る。「車椅子の方の生活ぶりを知るため、監督とともに車椅子女子の飲み会にも参加しました。映画の撮影は車椅子の方々の知らなかった日常を知ることでもありました。よくバリアフリーと言われますが、ドアの前にモノを置かない、段差があれば、車椅子を持ち上げるなどをするだけで、乗り越えられることは多い。実は、心のバリアフリーが大事なんだと気付かされました」。

フリー・ヘルパーが佳山を全面サポート

車椅子の高さからのカメラワークも本作の特徴だ。この視点があることで、観客はヒロインの目を体感できる。監督は、ユマの心と女性としての成長をカメラの位置で表現することを重視。佳山を綺麗に撮ることにこだわった。撮影監督に強く指示をし、自らカメラを手に取ることも多々あった。この佳山をスクリーン外で全面サポートしたのはフリーランス・ヘルパーの稲垣朋恵。車椅子生活者の知識がほとんどないスタッフに丁寧にレクチャーし、撮影の大きな支えになった。「障害のある人がもっと活躍できる場所を増やしたいという映画の考え方と私の考え方がリンクして関わらせていただいた2ヶ月ちょっと。誰かのやりたいことへの応援やお手伝いをするのは自分のパワーにもなると思いました」と稲垣は語る。

ハリウッド式の演出と俳優陣の衝突

日本では、あらかじめ決めたアングルで撮影するケースが多いが、ハリウッドではクローズアップ、ミディアム、ロングなどさまざまなアングルで撮影し、編集時に物語を再構築するというスタイルで、自然とシーン毎のカット数は多くなる。さらには粘り強い演出もあって、時には監督とキャストが激しくぶつかり合う時もあった。「日本の俳優さんはある程度、演技を任せられることが多く、ワンテイクで全てを出そうとする。ところが、監督はOK と言わず、何度もやらせるわけです。ユマと母親が風呂場で本音をぶつけ合うシーンでは、険悪なムードになったこともありました。神野さんは何度やっても、きちんと涙を流されるので、すごい方だなと思いました」(山口)。一方、監督は「求める演技が引き出せない時は、『笑って』と言ったり、逆に『叫んで』とお願いしました。それは凝り固まった演技を一回忘れて欲しいという意味もありました。すべてはバランスを見てのことです」と説明。こうして数々の名シーンが生まれた。

8月31日、「戦場にかける橋」のロケ地でクランクアップ

市川を中心に千葉市幕張本郷、千葉県成田市、都内などのロケを終え、最後は8月24~31日までのタイロケ。メインのロケ地はデヴィッド・リーン監督の名作『戦場にかける橋』(57)の舞台として世界的に有名なカンチャナブリの山中にある小学校だった。30人のロケ隊は全てありままの場所や施設を使って撮影。ユマと実姉ユカ(芋生悠)との感動の再会シーンを撮り終え、クランクアップ。撮影は計45日間に及んだ。監督はその後も、単独で追加撮影を行うなど粘りを見せた。

監督からのメッセージ

ある一つのインタビューからインスパイアされて生まれたこの作品は、実在するたくさんの人たちから刺激を受け、2年余りの時間をかけて脚本の開発をしました。また、主人公を演じる佳山明さんとの出会いによって、私自身が想像していたストーリーから大きく飛躍しました。そして、私たち映画制作者だけではなく、ユマというある一人の女性の可能性を信じてくれた方々のおかげで、映画作品として新しい命をいただけた事に感謝の気持ちでいっぱいです。今年2月に開催されたベルリン国際映画祭では世界中から集まった何十万人もの映画ファンの方々に作品を観ていただく事が出来ました。その時感じた事は、言語や生活環境が全く違おうとも、映画に詰め込んだ私たちの想いは、それぞれにきちんと伝わるんだと。私たちは、劇中での「障害があろうかなかろうが、あなた次第よ」というセリフに込めた「前向きに生きる事の大切さ」というメッセージが、本作を通して、世界中の人たちに届く事を心から願っています

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